Fable5で気づいた ベンチマークより大事なもの
LLM競争のステージが変わってきた話
AIxクリプトx投資をテック目線で観測🔭 「まだ言語化されていない心地よい隙間」を日々散策しています。
とうとうFable 5が課金プランで使用できるようになりました。
しかし、Claudeの課金勢がSNSでつぶやいている「5時間制限問題」
私も実際に触る機会があってFable 5を動かしてみたところ、ものの見事にわずか数分で5時間制限来ました。Proプランだった事もありFable 5の使用枠自体は到底使い切れない程、残量があるのに。
Claude使っている方はその感覚になっている方多いと思います。
これって、生産性が向上しすぎて、時間の概念がバグってしまった状態だと思うんです。一瞬の能力を極限まで向上させた、一撃必殺的なイメージ。それを持続的に動かすインフラのほうが追いついていない。
それでもこの能力は公開されるべくしてユーザーに渡り、一瞬の爆発力でありながら生産性を確実に上げています。どこまでポテンシャルがあるんだと思う反面、これ以上脳力(ベンチマーク)を上げていっても、それを動かす土台がもはや物理的に追いつかないんじゃないか、とも思う。
この現象を受けて、こう思いました。
今日はこの直感を出発点に、最近感じているLLM業界の「勝負どころの変化」を、自分なりに言語化してみたいと思います。
LLM競争のステージが変わってきた話
最近、いろんなAIモデルのニュースを追いかけていて、ふと違和感を覚えることが増えました。
「またベンチマークで新記録」「またコンテキスト長が伸びた」——そういうニュースへの反応が、自分の中で前より薄くなっている気がするんです。
確かに今回のMythosの登場からFable5が実装されるまでの出来事は世界を震撼させる重大な出来事だったしドラマティックで私も胸アツでした。
数字が更新されること自体、とんでもない進歩なのに一定雲の上の話というか「へえ、すごいね」と達観してしまう瞬間もあります。この感じ方の変化は何か?今回はその「何か」を自分なりに解けば、言語化になるのかなと思っています。
「1問に賢く答えるAI」から、「仕事を最後まで終わらせるAI」へ
OpenClawの登場前(〜2026年)
2026年初頭、OpenClawがセンセーショナルな登場をするまで、LLM競争の軸は主にこのあたりでした。
ベンチマークスコア
コーディング性能
推論性能
コンテキスト長
要するに「モデル単体の頭の良さ」を比べるゲームだった。1つの質問に対して、どれだけ賢く、正確に答えられるか、である。
OpenClawがそこまでマニアでない層にまで使われだして、一点界隈の認知を得た頃からLLMのアプリやツールのあり方も変化していきました。
コーディングツール > エージェントツールへの変貌
エンジニア的に一番驚いたのは、今年の5月後半から6月にかけて起こった、コーディング系アプリのアップデートですね。一部界隈では急に画面が変わったとして大騒ぎになりました。
「ソースがない」「ファイルツリーがない」って言って、挙句の果てにAntiGravityに至っては過去のスレッドもリセットされたと大ヒンシュクを買っていましたよね。
提供側もものすごい大胆な事をしてしまったと思っていたかもしれませんが、これって実は「もう遅い」くらいの大きな変化がすでに起こっていました。
もはやコードを見る必要がない。というのもコードやファイル構造を確認する人間がボトルネックになっていたのです。
逆に言えば、それくらいコード生成においては完成度が高くなっていたという事だし、間違いを自律的に修正出来るようになっていたという事なのです。
ソースコードやファイルツリーがメインになっているIDEのレイアウトは、もはや使いにくいUIになっていた訳です。
これも生産性を上げる革命の1つのトピックだと思っています。
より、エージェント的な動きをするアプリへ
実は、4月16日のOpus4.7の発表で、すでにClaudeは単なる自立的(エージェンティック)に動作するアプリから、複数のセッション(5〜10個)を同時に指揮できるようになっていました。
ただし、これはプロンプトやスキルでそういう役割を与えてあげる事で初めて動くものでした(ある一定こちらが設計して初めて動く感じ)
Fable5の登場で「同時進行タスク」が決定的になる
そしてFable 5の登場でさらに、オーケストレーションと呼ばれる役割分担を担うAIと与えられた役割をこなすAIで一度に多数のAIが並列で分担処理が出来るようになってきました。
つまり、
「1問に賢く答えるAI」から、「仕事を最後まで終わらせるAI」へ
の進化が一旦は完結したと言えます。
競争の重心がこっちに移ってきた
だからこそ、最近各社が力を入れているのは、モデル単体の賢さに加えて
長時間エージェント
非同期実行
自己検証
タスク分割
メモリ管理
ツール呼び出し
複数エージェント協調
というあたりが重要になってくると考えているはずです。「複数の役割を持ったAIが協力して仕事を進める」方向です。1回の推論の切れ味より、システム全体としてどれだけ成果を出せるかが問われている。逆に言うとそれだけこなせるタスク(=要求されるタスク)が大きくなってきたという事じゃないかと思います。
・ゲーム1本作って
・コンテンツまるごと作って
・動画1本作って
とかとか。
最高のモデルを作る競争から、最高のシステムを作る競争へ
この変化をもう一段抽象化すると、こう言えると思います。
最高性能のモデルを作る競争 > 最高性能のシステムを作る競争
象徴的なのが、複数のAIを適材適所でオーケストレーションする仕組みが次の勝負になる、という見方が出てきていることですね。
実際、Fableが司令塔として考え、実行は軽量なモデルに任せるという構成で、約96%の性能をコスト46%で達成したという話がコミュニティで話題になっていたのも印象的でした。巨大モデルを全部フル稼働させるのではなく、「考える係」と「動く係」を分ける。これはこれで、なんだか組織設計の話を聞いているような気分になります。
だから今後は、例えばこういった比較軸になっていくのかもしれません。
OpenAIは、GPTそのものではなくAgentやツール群
Anthropicは、Claude Codeや長時間実行の仕組み
Googleは、Gemini+Workspace+検索の統合
xAIは、Grok+X+リアルタイム情報
「モデル」ではなく「エコシステム」で比較される場面が、これからどんどん増えていく気がします。
評価の物差し自体を変えてしまった
さらに噛み砕いて、今の競争を自分なりに一言でまとめるなら、これがいちばんしっくりきます。
「知能競争」から「労働力競争」へ
これまでは「誰が一番賢いか」を競っていた。でもこれからは「誰が一番多くの仕事を自律的にこなせるか」が勝負になりつつある。
そう考えると、Fable 5は単なる性能向上のモデルというより、競争の評価軸そのものを変えたモデルだったんじゃないかなと思います。ベンチマークの数字を1桁伸ばすことより、評価の物差し自体を変えてしまったことのほうが、後から振り返ると大きな出来事だったりする。このあたり、地味に興奮しているポイントだったりします。
用途によって、必要なモデルの性能に大きな差がついてきた
競争の軸が変わった、という話と並行して、もうひとつ気になっている変化があります。Fable5の登場でより決定的になりました。それは
そもそも全部のタスクに最強モデルはいらない
という感覚が急速に広がっていることです。
2023年ごろは、シンプルに「全部GPT-4でやればいい」という世界でした。「とりあえず一番賢いモデルを使っておけば間違いない」というノリですねw。
でも2026年の今は、雰囲気がまったく違います。「Workload-aware Routing」、つまり仕事ごとにモデルを使い分けるという考え方が広がっていて、常に最強モデルを使うのではなく、用途に応じて小型・ローカルモデルと高性能モデルを切り替える構成が当たり前になりつつあります。
難易度別に整理すると、こんな感じになります。
翻訳や要約は、もうほぼ成熟したタスクとして小型ローカルモデルで十分実用に耐えます。実際、小型言語モデルがコード生成や要約のような特定タスクで高い実用性を示し、リソース効率にも優れているという研究報告もあります。
一方で、経営戦略の立案や長期にわたる自律実行のようなタスクは、まだ最先端モデルでも発展途上で、人間のレビューが必須という段階にとどまっているようです。
競争の変貌
この表を眺めていて思うのは、「賢さの絶対値」で競う時代は終わりつつあって、「必要十分な知能を、仕事ごとに正しく選べるか」という設計力の勝負に移っている、ということです。
整理するとこんな流れになります。
第1章:性能競争(ベンチマーク時代) — GPT-4 vs Claude vs Gemini、「どれが一番賢いか」
↓
第2章:用途別競争(2026〜) — 翻訳も要約もローカルで十分、高度推論だけ巨大モデル、長期エージェントは最前線
↓
第3章:システム競争 — どの仕事をどのモデルに振るか、モデル性能よりも「ルーティング」が重要
正直この流れ、前半で書いた「知能競争から労働力競争へ」という話ときれいに接続しているのが面白いなと思います。モデル単体の性能が「コモディティ化する層」と「まだフロンティアな層」に分かれ始めていて、その境界線をどう設計するかが次の競争になっている、というのが今の自分の理解です。
未来予想として、この先わからない2択の話
ここからは完全に妄想モードに入ります。オチはまだ誰にもわからない話ですが、考えていて一番ワクワクするパートでもあります。
問いはシンプルです。「モデルを作る会社」と「そのモデルを使って実際の仕事をこなす仕組み(ハーネス)を作る会社」は、同じ会社である必要があるのか。
分岐①:モデル企業は電力会社になる
ひとつ目のシナリオは、水平分業の未来です。
OpenAI、Anthropic、xAI、DeepMind、DeepSeek、Alibabaといったモデル企業は、「知能を供給する会社」に徹する。ちょうど電力会社やクラウドインフラのようなポジションです。
そしてその上に、Genspark、Perplexity、Cursor、Manus、あるいは企業独自のAgentといった「仕事を完了させる会社」が乗っかる、というイメージ。
イメージとしては、AWSやAzureの上にSlackやNotionやFigmaが乗っている今のクラウド業界の構造に近いです。普段クラウドを意識する人がほとんどいないように、「どこのモデルが動いているか」をユーザーが意識しない世界になる。
この場合、モデル企業側の勝負どころは
推論コスト
レイテンシ
API品質
信頼性
新モデル投入速度
というインフラ的な指標に集約されていきます。モデル企業は巨大GPU投資と研究に集中し、Agent企業側はUX・Memory・Workflow・Multi Agent・Automationに集中する、という綺麗な分業ですね。
分岐②:モデル企業は巨大ビッグテックになる
もうひとつのシナリオは、垂直統合の未来です。
こちらの代表格はGoogleとMicrosoft。Geminiだけでなく、Workspace、Android、Chrome、Search、Cloud、YouTube、Maps、Gmail、Drive、NotebookLMまで、あらゆるレイヤーを自社で持っています。
例えば「来週大阪出張」とGeminiに言うだけで、Gmail検索→カレンダー確認→ホテル予約→航空券手配→Maps→Notebook→Drive→Meetまで一気通貫でつながる、という未来がすでに視野に入っている。これをAPI経由で他社が再現するのは、決して簡単ではないでしょう。
Microsoftも同様で、Windows・Office・GitHub・Azure・Teams・Copilot・Dynamicsという布陣を持っています。
この場合の勝負どころは
エコシステムの広さ
ユーザーデータの蓄積
デフォルト導線の強さ
継続利用率
という、モデル性能とは別次元の指標になります。
垂直統合だと、結局Googleが有利?
最初にこの2択を考えたとき、素直に「垂直統合が勝つなら、実績とエコシステムが圧倒的に豊富なGoogleの勝ちが濃厚では」と思っていました。正直、この仮説はいまも半分くらい捨てきれていません。
ただ、ここで一度立ち止まって考え直したいことがあります。
各社目指すべきところが割とはっきりしている
Anthropicを単純な「インフラ会社(電力会社型)」と位置づけるのは、実は実態とズレているのではないか、という点です。Claudeアプリ、Claude Code、Team/Enterprise、Artifacts、MCP、長時間Agent、マルチエージェントといった動きを見ていると、Anthropicも「AIが仕事をする環境そのもの」=AI WorkerのOSを作ろうとしているように見えます。
つまり3社の方向性は、こう捉え直せるかもしれません。
Google:既存の巨大サービス群(Workspace/Android/Chrome/Search等)を「AI化」していくアプローチ
Anthropic:Claude Code・MCP・AI Team構想を通じて、「AIネイティブ企業」そのものをゼロから作ろうとするアプローチ
OpenAI:ChatGPT・Memory・Operator・Agentを軸に「AI OS」を作ろうとしているが、完成形はまだ不透明
そう考えると、単純な「モデル会社 vs ハーネス会社」という二項対立ではなく、こういうレイヤー構造で捉え直したほうがしっくりきます。
計算資源 → モデル → Agent Runtime → Harness → Workflow → Enterprise → Consumer
LLMの基本構造を整理して考え直す…
真の分岐点は、「これら全レイヤーを1社が垂直統合するのか」「レイヤーごとに分業が進むのか」という点にあって、GoogleもOpenAIもAnthropicも、実はいずれも垂直統合を志向するプレイヤーだと捉え直すこともできる。
企業ごとの個別戦略というより、市場全体として垂直統合型とレイヤー分業型のどちらが主流になるか、というのが本当の分岐点なのかもしれません。
AX・DXの現場ではさらに難解に…
そして企業向けの現場を想像すると、話はさらにややこしくなります。「自社データをGoogleに集約したくない」「用途別に複数モデルを切り替えたい」というニーズは根強く残るはずで、ベンダー中立なハーネスやエージェント基盤への需要も十分に考えられる。
というわけで、「Google勝ち確定」と言い切るにはまだ早い、というのが今の自分の結論——というより、結論を出さずに宙ぶらりんにしておきたい、というのが正直な気持ちです。
まとめ
今回、自分の中で整理したかったことを並べると、こうなります。
1つ目は、LLM競争の評価軸が「賢さ」から「仕事を最後までやり切る力」へ移ってきているということ。Fable 5がその転換点を象徴する存在だったように思います。
2つ目は、その裏側で「用途ごとに必要な知能レベルが全然違う」という現実が可視化されてきたこと。翻訳や要約はもうローカルの小型モデルで十分で、逆に経営判断や長期自律実行はまだ最前線の課題であり続けている。
3つ目は、その先にある業界構造そのものの分岐。モデルが電力会社的なコモディティになる未来と、巨大テック企業が全レイヤーを垂直統合する未来。どちらに転ぶかは、正直まだ誰にもわかりません。
はっきり言えるのは、「一番賢いモデルはどれか」という物差しだけでこの業界を見ていると、たぶんもう見えなくなっているものがある、ということです。
ここまで書いてきて、最後にもう一段だけ抽象度を上げて考えたいことがあります。
シンギュラリティって必要?
現在のAI業界は、「LLMそのものがシンギュラリティに到達したか」を測ろうとしている。しかし、本当に重要なのは「LLMを中核としたシステム全体が、人間を超える振る舞いを実現したか」ではないか。シンギュラリティは、モデルの能力としてではなく、システムの振る舞いとして先に訪れる可能性がある。
「シンギュラリティ」という言葉には、もう少し深い考察が必要だと思うんです。
現在は、LLM単体のベンチマークを見て「人間を超えたかどうか」を議論することが多く、まるでモデルそのものにシンギュラリティの素質を求めているように感じます。
しかし、本当に重要なのはそこでしょうか。
自分は、LLMを中心に、エージェント、ツール、長期記憶、検索、コード実行などを組み合わせ、人間以上の成果を出す「システム」として振る舞えるかが本質ではないかと考えています。
飛行機の歴史になぞらえて…
この考え方は、飛行機の歴史に少し似ています。
人類は長い間、「鳥のように羽ばたければ空を飛べる」と考えていました。つまり、「鳥と同じ仕組み」を目指していたわけです。
しかし実際に空を制したのは、羽ばたかない飛行機だった。飛行機は鳥とはまったく違う原理で飛ぶが、結果としては鳥よりも速く、高く、遠くまで飛べる。重要だったのは、「鳥と同じ仕組み」ではなく、「飛ぶ」という目的を達成することだったのだ。
AIも同じではないでしょうか。人間と同じように思考することだけがシンギュラリティではありません。人間とは異なる仕組みでも、人間以上の成果を継続的に生み出せるなら、それは実質的に新しい段階へ到達したと言えます。
だから自分は、シンギュラリティは「モデルの知能」ではなく、「システムとしての振る舞い」で先に訪れる可能性があると考えています。
まだ言語化されていない心地よい隙間は、たぶんこのあたりに転がっています。引き続き、観測を続けていきたいと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
kinamon♬




